西来寺は明応4年(1495)祐禅阿闍梨により真言宗「寶積山 地蔵院」として御深井の多利(現在の名古屋城内)に創建されました。慶長年間に曹洞宗に改められ、名古屋城築城により田幡村(現在の地)に移りました。
その後、尾張四代藩主徳川吉通公に格別の庇護を受けました。吉通公は兜八幡座に達磨大師を納置御守護とされたほど達磨大師に帰依なされておられました。ご遺志により六代藩主徳川継友公から吉通公のお位牌及び遺品等を下賜されました。享保十五年達磨大師の道場「少林寺」にちなみ「少林山 西来寺」と改め現在にいたっております。
尚、山門は名古屋城西北隅櫓(清洲櫓)の遺構で寺院には珍しい武家風の門扉があります。
〒462-0847 名古屋市北区金城3-9-33 TEL: 052-981-6150
西来寺第五世住職乗國伝宗大和尚の母が尾張四代藩主徳川吉通公の息女三姫の養育係(老女 佐山殿)であった関係で格別厚遇されました。
吉通公の位牌
団扇
硯
兜八幡座
山門扉は、名古屋城西北隅櫓(清洲櫓)の遺構で開田と言う豪僧が持ち帰ったと伝えられております。
「子とともに ゆう&ゆう」2008年5月号 掲載記事より
1~2p
3~4p
お釈迦様が亡くなるときの情景を描いたのが涅槃図です。この涅槃図は 享保12年(1727)のもので左右にはお釈迦様の前半生と入滅後の出来事が描かれております。また左下に、珊瑚を銜えたクジラやタイ・カツオ・サザエ・アワビ等魚介類が描かれた非常に珍しい作品です。名古屋市博物館、仙台市博物館、国立科学博物館、府中市美術館、米国ロサンゼルス・カウンティ美術館にも貸出展示された貴重な涅槃図です。